調停委員には当たり外れがある
という言い方は良くないですね。
誰か、人に対して「当たり」や「外れ」などと言うのは。
正確には、
当たり前です。人間ですから。
自分が悪いでも相手が悪いでもなく、「合わない」ということはあります。
不思議なことに、「嫌いだけど合う人」もいるし、「大好きなのに、話が続かなくて仲良くなりたいのになれない人」などもいます。
「調停」ではそれぞれの意見や希望を調停委員が間に入って聞き、解決策を探ります。
”一般的に”というものに近付けようとする傾向もありますが、当然人間なので、
話の内容によってこちらの肩を持ってくれる場合もあれば、相手の肩を持たれてしまうこともあります。
そこで大切なのが、「相性」です。
調停委員は多くの方がリタイアされた年齢の方です。
その方たちに通じるように、その方たちの世代の人たちにとって”おかしくない”話をしなければなりません。
私の話を例に出すと、
- モラハラ なのか、
- 亭主関白
なのかでだいぶ違ってきます。
昔は、男は育児なんてしなかったのは当然だから、する話によって、
- ただのワガママ か、
- 苦しんでいた か、
受け取り方が全然違ってきます。
離婚調停のとき、調停委員となってくれた方たちは「モラハラ」のことを十分に理解してくれていたようでした。
ただ、面会交流調停のときの調停委員は、「モラハラ」を全く知らないのか、理解してくれませんでした。
そんなものとは縁の無い人生を送っってきたのか、知る必要もないのでしょう。
ただの「ワガママ女」と捉えられ、結局何をいっても”(私の)一方的な主張”とされてしまい、話は進みませんでした。(進まないというか、面会交流をするの一択だった)
調停委員だからって、一人一人の悩みに親身に寄り添う必要はありません。一緒に悩んでもらいたいとは思っていません。
ただ、たいした苦労もしてこなかったのか、これだけモラハラを訴えているのに、
「お子さんの前では仲良くしてくださいね~♪」
「”久しぶり~♪”なんて(手を振るジェスチャー)ね☆)
なんて呑気に言われると、「あ、外れたな」なんて思ってしまいます。
いくら合わなくても調停委員は変えてもらえないので、
こちらが合わせる他ありません。
あるときは諦めも必要。
離婚は大変です。
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akari
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